災害時における終末期看護の課題

小石沢ゆかり(財団法人星総合病院)

当院は震災により痛院の一部崩落が起こり、入院機能は停止した。入院患者は近隣医療機関や当法人の関連施設へ全員を無事に移送し、私たちはホッとひと安心した。今回、具体的な情報提供もままならない混乱の中、終末期患者を引き受け、ケアを継続していただいた転院先の医療機関の方々には大変感謝している。

「震災がなければ妻(A氏)はどこにも行かず、この病院で死ねたのでしょうけど。仕方ないよね」。妻を看取った夫は、わざわざ来院して思いを語ってくれた。淡々と話しながらも、妻の存在を確かめているようであった。当院に入退院を繰り返していたA氏は震災当日、避難のため関連施設へ移送された。震災前、ベッドから起き上がることも困難であり、発語も少ない状態であった。夫は自転車で決まった時間に妻を見舞い、残された時間を寄り添って過ごしていた。移送先の病院は遠く、毎日通うには経済的負担も出現していた。震災直後のガソリン不足による交通の不便なども加わり、夫の心身の疲労も容易に想像できた。数週間後、家族は主治医と相談し関連施設から居住地に近い病院へ転院を希望され、その病院が最期の場所となった。

「震災がなければ、妻は……」。夫のこの言葉は、終末期で静かに生を全うしようとしていた患者や見守る家族が、自然災害のみならず、医療においても被災者であったと認識させられる一言であった。

入院機能が再開するまでの2カ月半、私たちは何を目標にして進めばよいのか、どこへ向かうのか、心身ともに考え尽くす時間であった。「何かできる、何かしたい、何かしなけれち割と多くの同僚が、このような言葉を発していた。平常心であり続けるために、震災翌日から仮設外来での患者誘導、入院患者の荷物整理、掃除など目の前のことを誰もが何でも行った。また、転院された患者の元へも何度か出向き、震災当日、退院となった方々へはお見舞いのハガキを出すなど、自分たちの果たせる役割を見いだし、自分たちの存在意義を確認していた。いかなる状況でも患者・家族に最善の療養環境を捉供すること、サポートが継続される保証を掟示できることが、災害時における終末期看護の諌邁であると思った。

 




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