JSDNニュース No.22
~目次~(各記事のタイトルをクリックすると、その記事に飛びます)

東日本大震災活動報告

日本災害看護学会 理事長 山田 覚

このたびの東日本大震災により、お亡くなりになられた方々には心よりお悔やみを申し上げますとともに、被災された皆様には謹んでお見舞いを申し上げます。
会員の皆様もご存知の通り、日本災害看護学会は、阪神・淡路大震災を契機に発足した学会です。その後これまでの間、国内では多くの災害が発生していますが、阪神・淡路大震災の経験をベースに、種々の準備をして来た我々の想定をはるかに超える大災害となりました。そして、それが今もなお、継続しています。日本災害看護学会は、この未曾有の災害に対応すべく生まれた学会だと言っても過言ではないと考えています。発災直後に先遣隊を、千葉・茨城方面( 第一次隊: 臼井千津・瀬戸美佐子、第二次隊: 臼井千津・小原真理子) と、宮城・岩手方面( 第一次隊: 酒井明子・黒田裕子・山崎達枝・三澤寿美、第二次隊: 渡邊智恵・立垣祐子、第三次隊: 小原真理子・伊藤尚子) に派遣することを決定しましたが、個々の先遣隊員は、既に互いに連絡を取り合い、準備を始めておりました。種々の災害現場で、災害看護の実践を積み重ねて来た皆さんに、ただただ感心するばかりでした。
翌日の12 日( 土) から活動を開始し、千葉・茨城方面隊からは、被害の甚大な東北方面に物資が優先的に配分されているようで、物資の調達が困難で、関東近縁の避難所は物資不足が著しい状況であるという、現場でなければわかり得ない状況がスピーディーに報告されて来ました。皆さんもご存知の通りこの状況は、首都圏近隣でありながら、しばらく続くことになります。宮城・岩手方面隊は、交通規制や雪のためなかなか被災地へ進めず、13 日( 日) には被災地を回って、福島県看護協会および福島県庁に辿り着き、緊急車両の指定を受けることができました。今後、この緊急車両指定により、活発に活動することが可能となりました。翌14 日( 月) には宮城県看護協会に到着し、災害支援ナースの受け入れ体制を整えるお手伝いをし、避難所を回りケアするとともに情報収集も行い、避難所の生活状況の早期改善と支援体制の構築をするために、元気な被災地外からのマンパワーと物資の投入が必至で、かつ長期的に継続する必要があることを発信して来ました。この日の午後には、日本看護系大学協議会、日本看護系学会協議会、WHO 災害看護協力センターの代表者および日本災害看護学会の代表者により、TV 会議にて今後の活動について議論しました。日本災害看護学会は、先ずは展開している先遣隊活動を中心に行い、情報発信するとともに、関係組織と連携・協働しながら災害支援を継続することとしました。
その後先遣隊は、23 日まで東北地方で活動を行い、避難所等で得た情報は、地元の行政や看護協会に報告し、次の被災者支援に繋げるとともに、他の方々とも情報を共有すべく、ほぼ毎日学会のホームページに活動報告を掲載しました。また、各先遣隊帰還後は、スピーディーにその活動報告をまとめ、学会のホームページに掲載するとともに、日本看護系大学協議会や日本看護系学会協議会に報告しました。これらの日々の活動報告や帰還後の活動報告は、現在もホームページに掲載されています。また、今後は、被災地等でケアに当たる多くの看護者を支援する活動を開始するとともに、今回の先遣隊を中心とした活動を学術的にまとめ、学会誌や年次大会等で情報発信し、会員の皆さんと情報共有するとともに議論を重ね、次の災害に備えたいと存じます。
最後になりましたが、日本災害看護学会は、いち早く募金活動を開始しましたが、様々な形で災害看護活動をする看護職を支援するため、現在も継続しておりますので、ご協力の程、宜しくお願い致します。
日本災害看護学会 東日本大震災の看護活動支援募金のお知らせ
東日本大震災の看護活動支援募金のお知らせ


ハイチ大地震における現状―ハイチ国民の立場からー

グレゴリー・ドモン(工学学士、科学修士)著

ハイチの保健―震災前の状況
ハイチ国民は、公共サービスの不足と不衛生な生活環境のために一般的疾病や流行病に大変かかりやすくなっています。非識字率が約70%だということも、要因のひとつです。保健医療制度が脆弱なため、主要感染病は高いリスクをもたらします。ほとんどの病院では医師は患者から診察料の現金支払いを要求しますが、国民の収入レベルは極めて低いのです。国民の中でも、体の免疫機能が未発達で保健医療サービスを受けられない子供たちは、特に病気に対して弱い立場にあります。ハイチの乳幼児死亡率は西半球において最も高く、下痢、呼吸器官系感染病、結核がその主要死因です。

震災後の状況
2010 年1 月12 日のハイチ地震後の状況は、「医療従事者の死傷、病院や保健所の崩壊、患者・肢体切断者の増加」と要約できます。
他のハイチ国民と同様に、保健医療従事者の中にも死傷者が発生しました。この結果、保健医療分野における人材不足はさらに悪化し、単位住民数ごと(住民100 人あたり)の医師数が激減しました。多数の病院や保健所がその医療品、設備・機器とともに崩壊、破損しました。従って、震災後の保健医療対応には場所と設備の不足という問題が付いてまわっています。
震災以前から保健制度のサービス供給能力は需要を大きく下回っていましたが、被災による患者・肢体切断者の増加で、状況はさらに悪化しています。
あらゆる人々が身体的な影響を受け、適切なケアを必要としており、それは現存する保健医療インフラストラクチャーの対応能力を大きく超えています。震災後の現在、ハイチには4千人以上の肢体切断者がいます。これは、瓦礫の下から被災者を救済するためや、感染による合併症を防ぐために救助隊や医師が被災者の手足を切断するケースがあったためです。
何百ものNGO が震災の直後からハイチに来て援助活動を行っています。これらの団体は多数の負傷者を手当てするために野外病院を設置しました。現在も被害者の手当を続けるべくハイチに残っている団体もあります。
一方、ハイチ国民と国際的専門家たちは、震災の影響下にある環境における感染病の拡大を恐れました。水、食料、ほこり、空気が感染経路となりえます。
また震災の影響で別のタイプの病気、心の病に苦しむ人々がいます。家族や財産、事業、仕事を失ったことで震災直後から精神的なバランスを失った人が多くいます。震災の衝撃そのものが、多くのハイチ人の生活を錯乱させました。

コレラ~ハイチを苦しめるさらなる負担
コレラの禍は、震災で打撃をうけたハイチにおいて、さらなる負担となっています。2010 年10 月、ハイチ北部のある地域の住民が不調を訴え、数時間後に死亡しました。医学検査の結果、これらの住民はコレラにかかっていたことが明らかになりました。コレラ感染源については、国連ハイチ安定化ミッションのネパール部隊が地元住民が飲み水を汲む川を汚染したと地元住民が訴えたことから、議論をかもしだしています。独立専門家たちによる複数の調査の結果、ネパール部隊が感染源であることが確認されましたが、国連側はこの結論を否認しました。結局、各方面からの圧力に押された国連が調査団を派遣し、ハイチでのコレラ感染源の調査をしており、この調査結果が待たれています。
この間、すでに約20 万人がコレラに感染し、そのうち約4千人が死亡しています。

NGO の取り組み
震災以来ハイチで活動しているNGO は、コレラ対応に関わっています。NGO がハイチに来てコレラ感染者を手当てし、人々を守るケアを提供していなかったならば、死者の数はさらに多くなっていたと思われます。複数のNGO が、ハイチで最も人口が密集し感染率の高い地域にコレラ治療センターを設立し、患者の対応に直接関わっています。さらに、医薬品の提供や現地人保健医療従事者の教育も行っています。

結 論
最小限の医療を受けられることがすべてのハイチ国民に保証されなければなりません。これは当然の権利です。このためには、関係者すべてのコミットメントが必要です。政府は、十分な予算、国民全体を対象とする制度、国民の意識向上を含む適切な計画を実行しなければなりません。ハイチの保健医療に関わりをもつ国際社会の組織からは、実質的な援助が望まれますが、必要とされているものを正確に見極め適切な解決策をもたらすためにはハイチ政府との協働が不可欠です。
ハイチ国民は、その苦しみを和らげるNGO やボランティアの活動をいまだに必要としています。


年末年始における
山陰地方の豪雪災害について

島根県立大学短期大学部出雲キャンパス 別所史恵

山陰両県は12 月31 日から1 日にかけて大雪に見舞われ、積雪は米子で1 日に観測史上最大の89 cmを記録しました。大山町の国道9 号は一時20km にわたり約千台の車が立ち往生、渋滞は約42 時間続きました。JR も運休・途中停車乗客約千人が列車内に寝泊りするという事態になりました。私は島根県出雲市に住んでいますが、12 月31 日は主人の弟とその奥さん( 妊婦) が大阪から帰省することになっていましたが、大雪を見越して「1 日早く帰ることにしたのでよろしく」との連絡を受けました。この判断は本当に正解でした。弟夫婦は1 月2 日朝に再び大阪に帰りましたが、大雪の影響で主要道路の封鎖が続いており、「もう一泊お願い」とまた帰ってきたそのときだけが笑い話でした。家で見る新聞記事やテレビは本当に気の毒なニュースばかりでした。特に松江市美保関などの7 地区約300 世帯で31 日に道路の閉鎖孤立、停電、固定電話も不通となったという情報には、とにかく暖をとり急病人が出ないことを祈りました。大雪による停電は山陰両県で延べ20 万戸以上の被害となり、停電の影響で水の供給もストップ、2 晩以上停電が続いた地域もありました。またこの豪雪で5 名の尊い命が奪われました。そしてこれらのことから私自身日ごろの危機管理意識、備えに対する認識の低さを改めて実感しました。以下に私の気づきをまとめてみます。
まず1 つ目に、今回大雪になることは事前に分かっていました。大雪時の運転を避けることができれば一番よいですが、それでも運転しなければならない場合にはスノータイヤやチェーンの装着、渋滞に巻き込まれることも想定した食料や水・簡易トイレ・毛布・十分なガソリン・雪に巻き込まれたときのために除雪用のスコップなどそれなりに覚悟した装備が必要なのだと思いました。2つ目は電気に頼らないで生活する方法を備えておくということです。我が家もオール電化住宅です。今回電気がまったく使えないことの怖さを教わりました。特に冬場は暖をとることが重要です。石油ストーブやカセットコンロ、懐中電灯などの備えが必要です。3 つ目に備蓄の重要性です。今回唯一幸いだったことは、年末年始で食料だけは買い込んでいたことでしょう。ライフラインの復旧や自衛隊など公助が行き届くまでには自助できるよう、家族3 日分の食料・水の備えが最低限必要です。最後の4 つ目は共助の精神の重要性です。今回人々の助け合いや支えあいのエピソードもたくさんありました。JR 車内では食料を分け合ったり、渋滞で車が動かない人々には近隣の住民や店がトイレを開放したり差し入れをしたりということがありました。孤立した地区では住民同士で安否の確認をしたそうです。いざというとき近隣の人に「助けて」と言えること、「大丈夫?」と声を掛けることができること、そういう人間関係づくりやまちづくりがやっぱり重要です。
最後になりましたが、被害にあわれた多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。


山陰地方豪雪災害

鳥取大学医学部附属病院 救命救急センター
救急看護認定看護師 恩部 陽弥

山陰地方の記録的豪雪といえば昭和38 年の「三八豪雪」である。あれから48 年が経過した昨年末、全国ニュースで放送されるなど記録的な豪雪に見舞われた。積雪による送電鉄塔の倒壊や、家屋の半壊など市民生活に多大な影響を及ぼした。また、高速道路・鉄道も機能がストップし、山陰の交通大動脈である国道も立ち往生したトラックをきっかけに約1000 台が渋滞となるなど予想外の自体が次々と発生した。

私が勤務する病院でも、一晩にして約90cm の積雪を記録し、駐車していた車が雪の中に埋まってしまった(写真参照)。職員は3~4時間かけて徒歩で通勤する看護師や、自宅に閉じ込められ出勤できない看護師、反対に病院から帰宅できない看護師が続出した。そのため急遽、3 交代勤務から2 交代勤務に変更するなど、看護の質を低下させないよう、各病棟で看護師の確保に全力をあげた。ただ、年末年始ということもあり外泊や一時退院している患者が多く、一般病棟では最少人数での勤務が可能であったことが幸いした。
この記録的な豪雪は外来通院中の患者も直撃した。例年の年末年始と比べると救急外来の総受診患者数は減少しているものの、積雪により車が出せないため救急車での来院患者が多い傾向となった。また送電鉄塔が倒壊による市内各地の停電の影響で、在宅人工呼吸器使用中の小児患者や在宅酸素中の患者が増加した。
不安を訴え来院されたり、停電時の対応についての電話相談患者が多かった。
昔から山陰地方は降雪量の多い地域である。市民も職員も大雪への対応に多少の自信を持っていた。しかし、今回の豪雪により自然災害の恐ろしさを改めて痛感させられ、また災害への危機意識を職員一人一人が再認識するきっかけとなった。
今後も安心・安全な医療、看護の提供に努めていきたいと思う。


日本災害看護学会 第13回年次大会のご案内


東日本大震災において被災されました皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
本年9 月9・10 日に予定しておりました日本災害看護学会第13 回年次大会は、予定とおり開催する方向で準備を進めております。このような時期こそ皆様の叡智を集結し、本学会に託された学術活動を継続して実施することが災害看護の発展に寄与することになると考えております。大会では、震災関連プログラムとして緊急討論を実施する予定です。今回の救護活動の評価と今後の復興支援についても議論したいと思います。多くの皆様の演題応募とご参加を心よりお待ちしております。
プログラムの変更点
※詳細は大会ホームページでご案内いたします。
1.演題申込締切を、4 月20 日( 水) から5 月13 日(金) までに延長しました。
2.東日本大震災関連のプログラムを追加する予定です。
日本災害看護学会第13 回年次大会
大会長 浦田 喜久子


編集後記


ベルギーのルーヴァン・カトリック大学は国連と協力し災害疫学研究センター(CRED)を運営しています。ここから発信される数々の疫学的データは、とても興味深いものばかりです。このCRED より最近2010 年の統計結果が発表されました。一昨年世界中で296,800 人が災害で命を落としたそうです。過去20 年間で最悪な1 年でした。私はいつも被災地で思うことがあります。ひとたび事が起こると、みんな統計発表の死者数の多さに注目します。でも実際被災地で破壊された町を目前にし、被災された方とお会いし、瓦礫の下で命尽きた方に接した時、もはや全体の数字などはどうでも良くなるのです。1 つの命が失われることは、本人にもその周囲の者にとってもそのことが重要な意味を持ち、決して何万分の一人ではないのです。統計では括れない人間の思いも大切にしながら活動をしなくてはいけないと考えています。末筆ながら、改めて犠牲となられた世界中の方々に謹んで哀悼の念を捧げます。 大山 太(記)






NEWS LETTERのご意見、ご感想をお寄せください。お待ちしています。
宛先:学会事務所まで

Message

会員数:2016年6月末現在

名誉会員:4名
(うち2名は物故会員)
個人会員:1541名
組織会員:42組織
賛助会員:6組織

Link